駄文集

思ったことをただ書きます

冬の泡(仮)

ある日の浴槽に浸かった風呂上がり、髪がまだほのかに濡れているとき、ふと考えが及んだ。彼女が今何をしてるのか、ということだ。体が温かく満ち足りた気分だからなのか、それとも満ち足りた気分ゆえに自分だけがいる部屋の空虚さを感じ取ったからなのかは、分からない。彼女は冬の寒い日が良く似合う人だった。澄み切った空気に溶けていくような、街のガラスに写った人影のような、それはそれは儚い人だったのだ。


彼女との出会いは大学だった。その日は底冷えする、寒い日だったことを覚えている。僕が食堂の外のベンチで、もそもそとパンを食べているときのことだった。食堂の中は暖房がきいていることは分かっていたし、できれば僕もそこで食事をしたかった。しかしそうできない理由が僕にはあった。食堂の中の椅子に座っているのは、男女のペアばかりだったのである。僕は1人だったのだ。1人でいることには慣れているし、むしろ好んでいたが、集団の中で疎外感を味わうことは嫌いだった。どうしようもなく、心底惨めな気持ちになるからだ。つまり、孤独よりも真冬の寒さの方がマシだと考えたから外でパンを貪っていたのだった。

 

そのとき、僕は左手にパンを、右手に林檎マークの板を持っていたのだった。パンを咀嚼しているときに板を見る。それを繰り返していた。半分くらい食べ終わったときだろうか、喉を潤そうとバッグの中のペットボトルを取り出した。お茶を飲んで一息、顔を上げた瞬間だった。向こう岸のベンチに座っている彼女と目が合った。その一瞬、鏡の向こう側に気づいたときの様に、はっとした。なぜだか、僕にはこの人しかいないと明確に感じた。草原につけられた一輪の轍を見たような、夕方から夜にかけて輝きを増す月のような、はっきりとした確信を得たのだ。


彼女もこちらに気づき、唖然としていた。恐らく、僕と全く同じことを感じ取っていたに違いない。寸分の狂いもなく、同様の反応をしていたのだ。