駄文集

思ったことをただ書きます

傷の付いたりんごがひとつ

 道を歩いていました。それは初めて行く道で、長く険しいものでした。あるとき、道の途中に木があるのを見つけました。りんごの木のようです。しかもりんごはすぐ手の届く高さにありました。それはまさにりんごが、「とってくれ」と言わんばかりでした。でも私はもう既に私のりんごをひとつ、バッグの中に持っています。お気に入りのりんごです。それでも、なぜだか、別のりんごが、欲しかったのです。あればあるだけいいと思っていたのです。既に持っているりんごが、もうひとつのりんごを取っている間に酸っぱくなって、もう食べられなくなるかもしれないのに。愚かな私はそのことに気づけやしませんでした。私は、果たしてりんごを取りました。罪悪感はあったのかもしれないし、なかったのかもしれません。とにかく、私はりんごを取ったのです。

 特に苦労もなく取りました。やはり、このりんごに、私は気に入られている気がします。そして新しく手に入れたりんごは、いい香りがするような気がしました。けれども今となってはそれが自分好みの匂いだったかどうかはわかりません。ただ、少しの目新しさと手軽さに惑わされただけかもしれなかったからです。


 そのとき、私はよろけてしまいました。バッグに入っているりんごが、急に重くなった気がしました。そして、私はさっきまで手に持っていたりんごを落として、なくしてしまったのです。もう姿は見えません。悲しかったのか悲しくなかったのかは、正直わからないのでした。


 バッグの中を見てみると、中には傷の付いたりんごがひとつ、こちらを見ていました。そのとき私は、心の臓が縮こまる思いがしました。いまさらながら、私は既にりんごを持っていたことを、ありありと自覚したのです……。りんごは淡々とした素振りでこちらを見つめます。素直に告白すると、私は恐れていました。もう二度と、このお気に入りのりんごが食べられないことをです。ただ、りんごには傷がひとつばかりついているだけのように見えます。匂いを嗅ぎます。それは私のとても好きな匂いでした。