駄文集

思ったことをただ書きます

新年

 腹を感じたので1階に降りる。ゲームを8時間連続でプレイすれば腹も減るというものだ。部屋の外の冷えきった空気を感じながら階下に行くと、起きている人間は誰もいなかった。午前7時。母親の姿はなく、父親はまだ寝ているらしい。少し前までの父親は、自分の後に起きることなんてまるでなかった。しかしながら、ここ最近は遅い時間まで寝ているようだ。腰痛に悩まされているとも言っていた。老いている、という感じだ。そんな父を横目に見ながら、朝食の用意をする。今年の朝は食パンとベーコンから始まった。洋風な元旦だ。例年だったら母親が雑煮を用意してくれるのだが、いないとなると、昨年から始めた早朝のパートが今日もあるらしい。元日くらい店を閉めればいいし、客も元日くらい家で特番でも見ながらゆっくり過ごせばいいのに、と思う。用意したものを食べ終わり、コップの牛乳を飲み干して部屋に戻る。階段を上り部屋に入った。椅子に座ってまたディスプレイと向き合うが、正直もうゲームには飽きていた。これからどうするか。やるべきことはあるが、やりたいことは特にない。今年は時勢もあって親戚に挨拶まわりはしないと親から聞いていたことを思い出した。そうすると、今日は部屋から出ないことになる。用事がないと靴を履かない性分だった。ふと、元日をここに閉じこもって過ごすのが嫌になった。年が明けたのにそれまでの日々と代わり映えのない1日を経過させるのは、何と言うか、芸がない。そうだ、散歩にでも行こう。柄にもなくそう思った。思い立ったが吉日。カレンダーには仏滅と書いてあったが、そんなことは知ったこっちゃあない。仏や神の類だって今は正月休みのはずである。もし何かしてきたのなら、目の前で咳をしてやる。挑戦の意気込みもほどほどに、部屋着を脱ぎ、近所をうろつける程度のラフな格好に着替え、洗面所に向かう。付いていた寝癖を少し直し、玄関の方に足を向ける。少しくたびれた黒いスニーカーを履き、内と外を隔てる扉を開けた。

 そういえば、近所を歩くのは久しぶりだ。家の外に出ることはあっても、それは駅に向かうためであったり、スーパーに行くためであったからだ。少し歩いていると、自分の家から50メートルほど先の家に住むおばあさんに出会った。短く新年の決まり文句を交わし、また歩を進めた。あのおばあさんは10年前から変わっていない気がする。顔も声も歩く姿勢も変化がない。このまま永遠にあのままで存在するという不思議さを感じさせてくる。また歩いていると、ここら辺で見たことのない顔の人とすれ違った。恐らくお互い初対面だ。挨拶も交わさない。近くに引っ越してきた人だろうか。何にせよ、自分にはあまり関係のない人だ。これからも関わりを持たないだろう。そう思いながら、また歩く。そういえばここら辺に小学校の頃に仲が良かった友達が住んでいた。彼とは小学生のときはよく遊んでいたが、中学にあがる頃、彼は塞ぎ込みがちなっており、ほとんど会えなくなってしまった。私の方も彼の家に訪ねる様な行為はしなかった。なんか恥ずかしかったし、他のことに時間を使っていた。他の友達と仲良くなったり、新しい趣味を持ったり。過去に思いを馳せながら道を進んでたが、いつまで経ってもその友達の家は見えてこない。もしかしたら、彼の家は別方向の道だったかもしれない。これは全く根拠にならないが、新年だからという理由で、何となく彼の顔が見れると思っていた。だが、とりあえず足を止めずに歩いていたので、もう自宅近くの方まで来てしまっていた。そろそろ父親も起きているだろうし、父と新年の挨拶を交わし合って、正月特番をダラダラ見ていたい気持ちだ。生きていれば、彼にもいつか会えるだろう。そう思いながら家に向かった。