駄文集

思ったことをただ書きます

バーバリーマン

 夜の住宅街に足を向ける。特段変わったところのない普通の住宅街だが、今日の私にとっては普通ではない。現在の時刻は深夜2時。この時間にもなると道を歩く人はほとんどいない。30分の間に1人の人間とすれ違うくらいの静閑さだった。私は目があまり良くないので、街灯の光が届かない範囲から出てくる者は、急に闇からぬっと現れるように見える。そのように出現する深夜に野外を歩いている人間は、どこか悩みを抱えてそうな様子である。例えば先程すれ違った冴えない大学生風の男は、彼女――もしくは女友達――との関係に悩んでいるようなありさまだった。大きな袋を持った赤い男が活躍する日も近いし、男女関係のもつれも仕方ない。彼とは目も合わせずに、道路の右と左の部分ですれ違った。赤の他人の事情を勝手に予想しながら、二階建ての家屋に挟まれた平らなアスファルトの上を歩く。

 自分はもっと、人間はありのままの姿でいるべきだと思う。今の社会はひどく息苦しい。皆が皆、覆うべきところを覆い、隠すべきところを隠している。飲食店のショーウィンドウに入れられている食品サンプルのように、誰もが自分以外に見せるための自分を演じているのだ。そのような規範は社会の秩序を守る上で確かに大切だが、そのとき抑え込まれた欲望は、個は、自我はどうなるのだ。日常の中で押し込められた自分はそのうちに限界を迎えることとなるだろう。さっきの男もそうだ。見た目で察することができるほど人間関係に苛まされていたのだ。自分の顔に世間体や相手からの好意・関心・興味を気にした布を、どんな小さなものも入らぬほど何重にも巻いているから精神を疲弊させてしまうのだ。そしていつかそのような人々は取り返しのつかない何か大きな出来事が身に刻まれてしまうだろう。だから、破滅する前に自らを解放させなくてはならない。そのやり方は人それぞれである。それはゲームだったりスポーツだったり、はたまた自分の様なやり方だったりする。とにかく、息抜きになるような、清々しいすっきりすることをしなくてはいけない。

 纏うものを外す。隅々まで行き渡るように、両手を大きく広げて、思い切り鼻から空気を吸い込む。口から肺の空気を全部吐き出す。でも果たしてこんなことをしていいんだろうか。仕方ない、私にはこれを行うことが健全に生きる術なのだ。溜まっているものが全て出た気がした。